“『昔よりも面白くない』なんてもの、テレビ以外にもあふれてないか?先週お伝えした逗子海水浴場のニュース。 あまりにもお客さんの…特に若い男女のマナーが悪いという苦情が相次いだらしい。このままでは、安心して子供を連れて行けない、と。 逗子市は逗子の海岸を「日本一安全でマナーのいい浜辺」として利用できるようにしよう!と決断。結果… ・酒はダメ ・刺青は論外 ・音楽もかけちゃダメ 逗子海岸は今年施行された法律により、日本一、間違いなく「マナーが良く」「子供にも安心して楽しめる海岸」へと生まれ変わった。 そして、大きな問題が発生した。 海開きは7月1日。そこから2週間がたち、逗子海岸お訪れたお客さんは1万3千人。 去年の同時期は… 7万4千人だった。 なんと、客が激減。7分の1の客数では周囲の海の家や旅館は立ち回らない。そう。 地元の観光協会やホテルなどが逗子市を相手取って裁判を検討し始めたのだ! 一体何故? マナーがいい方がいいんじゃないのか? 親子で安心して遊べる方がいいんじゃないのか? しかし、行政が良かれと思ってやったことは、逗子海岸が「見捨てられた海岸」となる結果をもたらした。。 答えの一つはここにあるように思える。 人間は…もっともっと、リラックスして生きている。ダメなことはダメだ。が、その…ダメなことをしちゃうことも受け入れながら生きているのだ。人間はバカで、だらしなくて、だからこそ愛すべき存在で、だからこそ楽しさや苦しみがあるのだ。 人間が生きる生活には…本来もっと『のりしろ』があるべきなのだ。 そして、多くの人間はそんなこと、とっくの昔に知っていて、だから人間みんな、うまいことやりながら許し、許され、生きている。 ダメなことはダメだ。その通り。 が、実は人間はそうは言いながらもう少しリラックスして生きるものだし、ダメなことを許容しながら生きている。逗子海岸はそこをあまりにもきっちりと線引きをした。 やだよね。そりゃあ。そんな堅っ苦しい海岸。僕でもやだ。さすがに海なら酒くらい飲みたいし。 なので誰も行かなくなった。可哀想だが、逗子海岸周辺の海の家やホテルは経営はもはや成り立たないだろう。いくらなんでも客数7分の1位になると…もうやってはいけないだろう。可哀想だが、たたむところが続出するだろう。 そして裁判も勝てないだろう。 逗子の海岸を良い方向に持っていこうと考えた行政に罪はない。事実、苦情は山ほど来ていたのだから。と、言うか、むしろ「安全な海を作りたい」の方がよっぽど正論だからだ。正論が…正論すぎて息苦しくなったのだ。”
— テレビがつまらなくなった訳 (via lilfrosted)
